第1章 想い袋 朝焼け
「言わなくては、いけないこと?」
「え……?」
凛子の瞳の奥が、薄ら揺らいで見えた。
「他の蟲師も、みな同じことを尋ねてきて……その度に、私は同じ話を繰り返した。けれど、一向に蟲の正体はわからず、治療法もわからず、ただ……お気の毒にと言われて。そうして、去っていく。私は、何度同じ話を繰り返せば、いいんだ?」
そうだ。蟲師に、こうして彼女がその時の話をするのは、何も初めてではない。何度も、何度も、繰り返し、同じ話をする。それが、どういうことなのか……流石に想像は出来なかった。だがもし、その話の内容が、とても残酷なものだったとしたら……。
「最初は、そんなこと、思いもしなかった。話すことに、いつから抵抗を覚えるようになったのか……わからない。いろんな薬を試されて、疲れて……しまったのかもしれない」
「悪い、ちょっと触れるぞ」
ギンコの長い指先が、彼女の手首を掴む。そして、脈を図り始める。みるみるギンコの表情は変わり、自身の商売道具である木箱の棚を次々と開け始める。これもでもない、これでもない、と慌てながら。凛子は他人事のように、その様を眺めた。