第1章 想い袋 朝焼け
蟲煙草を燻らせて、語る凛子の表情を盗み見る。だがやはり、其処には何の感情も見せない無だけがあった。ギンコは、煙を吐き出すとようやく本題に入ろうと構える。
「さて、此処からが俺の本題なんだが……俺に、お前さんの心を食っちまった蟲の調査をさせてもらえないか? 出来れば、治してやりたいとも思う」
「お好きにどうぞ。別に、なくても困ることはないし、調査することでもう蟲師が訪れなくなるなら、その方がいい」
「……心がないなんて、そんなこと、きっとない。お前さんは無意識に、心というものを感じて生きているはずだ」
蟲師が、もう訪れなくなればいいという思いは、確かな心の有様。
「俺達蟲師に、来てほしくないという思いも、また心。感情の一つだ。嫌だという、重いからくる感情の一種。たぶん、お前さんは人と接することで少しずつ人間らしい心を取り戻しているんだと思うんだが……違うか?」
「そうね、そうかもしれない。でも、時間が経つと、また何も考えられなくなるの」
「……寄生、されているんだろうな。そいつを引き剥がせば、完全に元には戻れなくとも、心を取り戻していくことは出来るかもしれない。それには、寄生されたままでできないことだ。悪いが、そうなってしまった頃の話を、聞かせてはくれないだろうか?」
「……それは」
凛子は、それ以上何も言わなくなった。よっぽど言いたくないことなのか、それとも忘れてしまったのか。ギンコは、静かに言葉を待った。