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蟲師 夢現

第1章 想い袋 朝焼け



「もしかして、ギンコさんも……その噂を聞いて?」
「あ、ああ……まさかこの村にいたとは。情報とはあてにならんことも多いな」


 肩の力が抜けたのか、溜息をついてギンコは頭をがしがしと掻いた。


「ああ、そう。じゃあ、私を見つけたのは不幸中の幸い、とでもいうべきかな?」
「まさにその通りで」


 凛子は自分の噂を聞きつけてやってきた、というギンコの目的を知ったところで特に嫌がる素振りも嫌悪感も微塵も見せなかった。隠しているだけなのかとも思えたが、本当に気にも留めていない様子だった。


「で、どんな噂なのかな? 蟲師さん」
「ああ……。新種の蟲に、心を食われたという話を耳にしたのだが、本当か?」
「本当よ」
「自覚が、あるのか?」
「いや、特には。ただ、そうらしい……というのを、時々人といると感じる時がある。はっきりと、そう思えるわけじゃないけど」
「心がない、というのはどういう感覚だ?」
「難しい質問。感覚は、ある。だから、暖かいとか冷たいとか……それはわかる。けれど、嬉しいとか悲しいとか辛いとか……喜怒哀楽、というの? それがないに等しい」
「わかるものなのか?」
「人と居ると、この人たちは嬉しいという感情で、だから今笑っているのだろうとか、考えてしまう。でも、自分にはそれがわからない。笑うことも……出来ない。泣くことも、怒ることさえも。だから、村の人は愚か両親でさえも私を気味悪がって、いつしか遠ざけるようになった」
「両親は、それでこの家にいないのか」
「いや……心を病んで、病で両親とも逝ってしまった。もういない、というのは体の中に風穴が出来るような感覚を覚えたけど、両親を火葬した際、それでも私は当時涙を流せなかった。悲しい顔一つ、出来なかった。ますます村の人は私と距離を置くようになった。今では、情けで食料を分けてもらい、此処に静かに暮らしている」
「何も、されないのか?」
「逆に、気持ち悪くて何も出来ないが正しい」
「そういうもんかい」

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