第4章 想い袋 白昼夢
凛子の心には、何もなくただ雨だけが降り続いた。記憶の端にある、藍色の花の香りを背景に置いて。心をなくしても、常々彼女には思い続けていたことがあった。村人たちが指をさして「気持ち悪い娘だ」と囁いた。それは、幼い彼女の耳にすぐに届くほど広がっていた。
心のない人間なんて、気持ち悪いだけだと、皆がいう。それを知っていたからこそ、誰とも関わらなかった。関わって、気持ち悪いと言われるのなら、静かに一人で過ごしたいと。
傷つくことはなかった、けど、雨が降れば外に出て全身で浴びる。泣けない代わりに、雨で涙を補うように。頬に落ちる雨の粒が、輪郭をなぞるように滑り落ちる感覚に身を委ねる。
――悲しいって何? 泣くって、どういうの?
姉の死。葬式の日、誰もが涙を瞳から流していた。涙、と認識することは出来てもそれはどういう感情の下で起きるのかわからなかった。心をなくした彼女には、どう感じることが出来れば泣くことが出来るのかわからなかったのだ。
そうして、誰もが泣かない彼女を気持ち悪いと蔑んだ。人間ではないと、幼い少女に投げられた言葉は想像以上に重い現実だった。
心を取り戻すこと、それは全てを知ることに繋がる。今までは知らなくて、それで問題なく過ごせていたけれど知ることで生じるものも出てくるだろう。流石の凛子でも、それだけはわかっていた。失ったものを、完全に取り戻すことは出来ないだろう。
けれど、一から作り直し、取り戻すと同等のところまで達した時、きっと彼女は知ることで得る重さを全身で感じ、戸惑うことだろう。
心は、一番重い。重くて、辛くて、けれど……嬉しいもの。