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蟲師 夢現

第4章 想い袋 白昼夢



「どうしたの、その、花」
「これか。村の方まで足を延ばしてな。人が寄り付かんと噂の森の中、出来るだけ奥の方へと行ってみたんだ。その時、崖下に見つけた。凄いなあれは」
「見た、の?」
「……心配するな。通常は、なんの害もないものだ」
「……わかるの、ね」
「花びらが、昨夜の雨に濡れて、それで知った。凛子、これは蟲だ」
「蟲……?」
「光蝶(こうちょう)という蟲だ。花のような姿をしているが、厳密には花ではない。普段は花の姿をし、雨を待っている」
「雨を、待つ?」
「そう。雨水を含むと、特殊な香りを放ちそれを吸った動物の強い思いごと吸い上げる。やがて、蝶となり飛び立っていくものだ。故意的な害はないにしろ、一度吸い上げられた思いを取り戻すのは……難しい」
「それは、何故?」
「凛子の心を吸い上げた花を、あの花畑の中では特定できない。吸い上げた光蝶に、何か特徴さえあればわかるのだが……文献にもあるんだが、そいつらには特徴とやらは存在しない。それに、一度心を吸い上げれば雨が上がったと同時に遠くへと飛び去ってしまう。やつらは、思いを糧にして蝶になるんだ。もう、この村に咲く光蝶の中にお前さんの心を吸い上げたやつはいないのかもしれない」
「そう……」


 凛子はそっと、瞼を閉じた。あの時鼻をついた、心地よい花の香りのことを。同時に、喪失感も相まって自らの境目を失っていくかのような空白感。

けれど、寂しいと感じたのはその一瞬で、なくなってしまった後、数日でその感覚には慣れてしまった。

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