第3章 想い袋 闇夜
「……んっ」
――冷たい、痛い……。
凛子が、ぴくりと瞼を動かしゆっくりと目を開けた。ふわりと、一度嗅いだことのある花の匂いがした。全身が痛む、身を起こすのも辛い程に。それでも、震える体を無理やり起こしてみれば一面に藍色の花が咲いていた。一体、これは……? そう思った時、遠くで誰かの声が聞こえた。
「凛子ちゃあん。どこだい? どこなんだい?」
村長の声だ。咄嗟に身を抱き、声のする方へ視線を泳がせた。上の方から聞こえることに気付く、顔をあげれば大きな崖が目の前にあった。どうやら、随分な高さから足を滑らせ、落ちてしまったらしい。
「わしの可愛い可愛いお肉。どこなんだい」
見つかれば、今度こそ殺される。今の凛子では、落下した衝撃で体が自由に動かない。立ち上がろうとすれば、ずきりと左足首が痛みを発した。足に目をやれば、酷い青紫色をしていた。折れただろうか? どちらにしても、引きずって出来るだけ遠くへ逃げることしか考えられなかった。
藍色の花畑の中、凛子は身をひきずり歩いていた。
「はあ、はあ……母さん、父さ……ん、たす、けて……っ! 助けてよっ……」
はらはらと涙が零れ落ちた。苦しくて、痛くて、一人ではどうしようもない現実にただ苛立ちが立ち込めた。全て夢であればいいと思った、全て嘘であってほしいと願った。
「ひっく、ううっ……紗季、紗季……っ、私のせいで、紗季が……っ! こんなに苦しいなら、こんなに痛いなら、全部全部何も感じなくなってしまえばいいのに!!」
もうすぐ花畑を抜ける、その手前で凛子の意識は朦朧とし、目の前が真っ暗になった。閉ざされた世界の中で、凛子は強く強く願った。
――こんな心、なくなってしまえばいいのに。
意識が途切れる瞬間、凛子の身を包み程の甘い甘い花の香りが鼻に届いた。