第3章 想い袋 闇夜
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、恐怖に引きつりながら村長の血まみれの姿を視界にいれた。村長の足元には、もう何だったんかさえわからない肉の塊が血だまりと共にそこにあった。
「特に、子供の肉は柔らかくて甘いんだ……美味なんだよ」
「ひっ……」
ゆらり、村長が鉈を手に凛子の方へと歩みを進める。凛子は咄嗟にその辺に落ちていた大きめの石を掴み、自らの太ももへと突き刺した。
「っ……!!」
「凛子ちゃん……?」
痛みと共に、足の震えは急速に止まる。とにかく逃げなければ……! 殺されてしまう!!
本能でそれだけを察し、凛子はようやくまともに動き出した自らの足に鞭打って、よろけながら立ち上がり玄関先を飛び出した。目の前には生い茂る木々、森。
あてもなくただ生き残ることだけを考えて、ひたすらに足を動かし躊躇うことなく森の中へと入り込んだ。
「待て!! 逃げるなっ!!!」
背後から、村長の声が聞こえた。捕まったら自分は殺されるのだ、そう思えば足を止めるわけにはいかなかった。太ももから僅かに血が流れ、痛みに眉を潜める。天候は思わしくなく、だんだんと雨雲が森全体を覆い始めた。
「っ……、冷たい……何?」
頭上を見上げれば、凛子の上から小さな冷たい粒が降り注ぎ始めた。それが雨だと気付いた時には、夕立にように一気に降り始めた。物の数分で全身を濡らし、着物が雨水を吸ってずっしりと重くなる。
今、村長はどこまで追ってきているのかわからない。それでも、恐怖と混乱で足が縺れながらもひたすら凛子は走り続けた。外は夜を誘い込んで、既に薄暗くなり始めていた。
ふと、足元がぬかるんでずるりと足をすくわれた瞬間。凛子の体は、浮遊感に支配されながら、重力に従い下へと落ちていった。