第6章 Spring編 D
「僕はね、誰のことも好きじゃないんだ。だから安心して話していいと思うよ」
「……意味わからないです」
「いずれ、わかるよ。でも無神経、ってやつだったかな? どう、人を知ればいいのか……わからないんだ」
おそるおそる視線を上げれば、美風さんの綺麗な瞳はずっと遠くを見据えていた。ここにいるのは、私と彼だけなのに、まるで、私達は一緒にいないかのような隔たりを覚える。
「心って、難しくて嫌だな……」
彼の呟きは、波にかき消されて私の耳にほんの少し、残っただけだった。
それ以上、彼は追及しなかった。私も口を開かなかった。まだ思い出になりきれていないあの日々を、思い出してしまうには早すぎるから。
彼の頭を撫でてくれる感触だけ感じながら、夕陽を浴びて目を閉じた。
波の音が聞こえる。美風さんの「帰ろうか」を合図に、私達は日常の喧騒へと帰っていった。