第5章 Spring編 C
「いたっ!」
「っ……、何をぼうっとしているのですか? お嬢様」
「……はい?」
ぶつけた鼻を押さえながら見上げると、なんとカミュさんがいた。えっ、でも、え? 今なんて。
「カミュ……さん? え、あ、えっと、ぶつかってごめんなさい!!」
「いえ、私こそすみません。鼻が赤くなっておりますね……」
ぐっとカミュさんの顔が近づいてくる。びっくりして悲鳴を上げそうになると、瞬時に手で口を抑えられた。ちょっ、ちょっと!!?
「……お嬢様、お耳をお借りして宜しいですか?」
「えっ、えっ、何する気ですか」
「少し内緒話を」
そっとカミュさんの唇が、耳元に近づいたかと思えば想像以上の低い声が鼓膜を揺らした。
「何処見て歩いてる、この愚民が」
「!!!?」
恐ろしい程怒りを含んだ声色に、驚いて一歩後退する。私が恐怖で顔を青くして眉間に皺を寄せていると、周りの声が途切れ途切れ聞こえてくる。中には悲鳴まじりな声や、黄色い声が飛び交う。
人が見ているからだろうか……? カミュさんは、私から距離を取ると胡散臭い笑みを張り付けて軽く会釈してきた。
「お嬢様も、十分注意なさってください。私も、次からは気を付けますね。では」
何事もなかったかのように去っていくカミュさんの背中を、思わず三秒ほど凝視していた。
――カミュさんは怖い人、怖い人……。
腕時計がそろそろ約束の時刻を刻もうとしていたので、慌てて待ち合わせ場所である早乙女学園中庭の時計塔へ向かう。