第4章 Spring編 B
「でも私……まだまだ美風さんの期待に応えられてません。もっと、しっかりしないといけないのに……」
「天音は、僕の期待に応えるために頑張ってるの?」
「え?」
「与えられた講義を受けて、目まぐるしく練習を重ねて、僕の期待に……理想とやらに、少しでも近づこうと頑張って。それで?」
「……美風さんのペアとして、恥ずかしくないように……っ!」
「ふぅん……そういうこと」
美風さんの歩くスピードが、徐々に遅くなっていく。どうかしたのだろうか? 彼の思わぬ反応に、私も言葉を探しては呑み込んで黙ってしまう。
「どんなに僕の望む君になったところで、それは君の理想の自分なのかな」
「……私には、まだどうなりたいのか、わからないです……」
「君が望む君になって、そして僕の望む君になって。意味、わかる?」
「え、えっと……それは何かの言葉遊びですか?」
私には、自分の理想像というものがない。今とは違う自分になれたらとは思うのに、ならどんな自分になりたいかと考えた時。そこに明確な答えはない。
誰もが理想の自分を描いて、それに向かってもっと可愛くなれるように綺麗になれるように、そのために痩せようだとかメイクの研究をしようとか、ファッション雑誌に手を伸ばして、お洒落研究をしようだとか、するのかもしれない。
でも今までの私には、そんな願望すらなくて……ただ部屋に閉じこもって、大好きなユート様の大好きだよを聞くだけで十分だった。別に何も思わなかったし、私がブスなのは仕方ないことなんだって思い続けていたから。
美風さんは、そんな私にきっかけを与えてくれて、学ぶ場所を与えてくれて、だからそれに応えたいと思った。それだけ、なのに……。
――誰かのために変わろうとすることは正解? 不正解?
美風さんの言葉が、私の中で反芻して、ぐちゃぐちゃに混ざっていく。私は今、どれだけ彼の伝えたいことを理解して汲み取れているのだろうか? 自然と額に汗が滲む。とても、嫌な汗だ。
「ごめん。意地悪なこと言ったね」
美風さんは「ドーナツでも食べに行って、来週の作戦会議」といつも通りの口調で言うと、再びスピードを速め街中をかき分けて歩く。彼の手が繋がっている限り、きっと私は迷いはしないだろう。
この手が、繋がっている間は。