第51章 番外編スリー
マリはハルの妹だ。
物心つく前からいっしょにいる、一歳上の彼女。
血は繋がっていないけれど、本当の姉のような彼女を尊敬し、慕っている。
どんな時でもハルはマリを見捨てずにいてくれたし、いつも手をつないで歩いてくれた。
彼女は不思議な人だと思う。
喧嘩した時もこじれるのが面倒だからという理由で大抵は先に謝ってくるし、とはいえ、小学校のときにマリが学校で男子に泣かされた日の翌日には知らないうちにその男子を泣かしていたこともあった。
実力行使という四文字がよく似合う彼女だが、ある日から満月の夜に泣いていることに気が付いた。
こけてケガをしても、泣かされた腹いせに靴を隠されても、少しも泣かなかった彼女が泣いていた。
隣の布団で、マリに背を向けて、嗚咽を殺すように。
それでも次の日になればケロッとしているので、聞こうにも聞けず、ただあの時の丸まった背中がいつまでも忘れられなかった。
この“聞けないと思うこと”が、今まで気づかなかった自分と彼女の距離をはっきりと浮かび上がらせているとマリは思った。
―――そんな彼女が、とうとうどこかへ行ってしまうらしい。
そう告げられた時は現実味が湧かず、よく理解もできていないまま返事をした気がする。
日を重ねるにつれ、あの言葉の意味を心と頭がやっと理解してくれて、マリは過ぎていく日の中で彼女を見つめることが多くなった。
他のきょうだい達が彼女に向かって「寂しい、行かないで」と言うのに対し、マリが宥める日々が続く。
何も今すぐに行くというわけじゃないんだ。
(・・・でも)
「ちょっとくらい、未練のある顔してくれたってさあ・・・」
姉は幸せそうだ。
古い付き合いだという複数の大人と再会して、泣きそうになりながらも、その表情は紛れもなく幸福に満ちていた。
あんな顔は見たことがない。
しかも、姉を引き取るのはあのスイレンらしい。
つくづく意味不明だし、羨ましいやら寂しいやらで、マリも自分の気持ちがよく分からなくなっていた。
今日は、姉を引き取るというスイレンが家に来るらしい。
何でも引き取るにあたっての手続きを先生と話すとかで、せっかくスイレンを近くで見るチャンスなのに、出てきてしまった。