第45章 わたしと私
「そんなに怒らなくてもいいじゃん。でもさあ・・・アンタだって本当はわかってるでしょ、お母様のことまだ好きだってこと。確かにあの人は私たちを道具としか見てなかったし、お父様とも仮面夫婦状態だったけど・・・産んでくれたってことは、一度は愛そうとしてくれたってことじゃない?」
「・・・過去形じゃない、全部」
「そうだね。・・・私たちは、“愛そう”としたんじゃなくて、“愛して”ほしかったんだよ。でももう終わったことだし、しょうがないんじゃない?私たち、ちょっと運が悪かっただけだって。割り切らなきゃ、前に進めないよ」
「進めないわよ、わたしは。あなたと違って、もう終わったんだもの」
彼女が目を伏せてそう言った。
私は数歩進んだあと、立ち止まり、彼女を下ろした。
訝しげな彼女の目には、微笑んでいる私が映っていた。
「終わってないよ」
「・・・」
「私がその証拠だよ。アンタが終わっているなら、私は今いないんだよ」
「・・・ずいぶんと楽観的な考えね」
「そりゃあまあ、私はアンタの倍生きてるからね。違う見方をするって結構大変だけど、大切なんだよ。・・・あのね、私たちってやっぱり悲しかったことが多くて、そこから抜け出せないとか、もういいって諦めて耳を塞いでたことがほとんどだったじゃない?」
「・・・わたしを否定するつもり?」
「ううん、その逆だよ。私は自分が間違っているとは思わないから、これまでの自分を否定したりしない。きっと私はこれから先もあの両親のことを好きになれる日は来ないと思う。・・・でもね、受け入れるってだけでも、少しは楽になれるの」
「・・・楽になるって・・・わたしは、そんなこと・・・」
彼女の手を握ると、彼女がビクッと小さく反応した。
「逃げることは悪いことじゃないよ。そりゃ正々堂々と向き合うのはカッコいいことだけど、みんながみんなそんな強さを持ってるわけじゃない。少なくとも私は、そこまで強くなかったから、受け入れることで、過去のことにしたの」
「・・・」
「忘れているわけではないし、かといって大切にしているわけでもない。ただ、その記憶は私を構成する一部になる。・・・こう考えたら、少しは楽にならない?」