第8章 ありがとう
その後、3日ほどした週末
また父は夕食のときに言った
「海に行きたい。君と一緒に」
はあ?またなの?
母は呆れたように言うが
どう言い返していいかわからなかったようだった
結局、母がレンタカーを借りて
結構遠出をして海を見てきたらしい
「何か話をしたの?」
と聞くと、母は
「何も」
とそっけなく答えた
その後も、父は母をいろいろなところに誘った
サブスクの動画を選ぼう
ゲームをやろう
散歩をしよう
腕を組もう
・・・・
たまに母が父の言動にかちんと来て
怒鳴りそうになることがあるが
父は
「死に損ないなんだから、これくらい勘弁してくれよ」
と言って、薄く笑うのだった
たまには私も父と母のお出かけに付き添った
母も父もほとんど口を利かなかったが、
私は楽しかった
2ヶ月ほどして、
父は貧血を起こして倒れた
そして、そのまま入院してしまった
母が医師に呼ばれた
私は廊下で待っていた
出てきた母の顔色は悪かった
「お父さん、
もう、長く生きられないって」
母が言った言葉に私は耳を疑った
お父さんが死んでしまう・・・
嘘だ
父は数日後、一時帰宅できたが、
医師は「最後の帰宅かもしれない」と言っていた
父は帰ってすぐ
母に言った
「一緒に横浜に行ってほしい」
母は今度こそ黙って従った
私もついていった
海の見える公園で
父はゆっくり歩いた
母はその少し後ろを
私はそこからかなり後ろを歩いた
父は母を振り返った
「付き合ってくれてありがとう
とても嬉しかった」
父は笑っていた
その後、父はまた入院して
そのまま、家に帰ることはできなかった
父の最期の振る舞いを
母がどう捉えたかわからない
母がそのことにはめったに触れなかったからだ
母は気づいているかわからないけど、
父は母に「ありがとう」と言うために
あんなことをしたのだと思う
私のためにではなく
他の誰のためにでもなく
もちろん自分のためにでもなく
余命を母にありがとうと言うために使ったのだ
なんでそんなことをしたのか、までは
よくわからなかったけれど
一度だけ母が父の位牌に向かって
手を合わせている横顔を見たとき
私には、なんとなくわかった
父は
本当にキセキを起こしたのだと