第15章 【第十四話】言いかけた熱
夜の資料室は、冷え切った沈黙に包まれていた。
机の上のランプだけが、古い本の背表紙と、広げられた報告書をぼんやり照らしている。
窓の外では、細い雨が教団の石壁を叩いていた。
ラビは無言のまま、羽ペンを握る手を止めていた。
黒いインクは、もう何分も同じ場所で滞っている。
紙に書かれているのは、僅かな数行だけだった。
北方区域廃遊園地にて、空間歪曲型異常及びレベル3AKUMAを確認。
保護対象一名。
対象は重度の記憶障害あり。
そこまでは書けた。
ブックマンの後継者として。
淡々と、事実だけを。
けれど、その先へ進もうとした瞬間、指先が動かなくなる。
――ティファがAKUMAに拘束され、
その一文を頭の中で形にしただけで、羽ペンが止まった。
網膜の奥に、あの瞬間が蘇る。
歪んだ空間。
伸ばしても届かなかった手。
消えかけた銀髪。
どく、と心臓が嫌な音を立てた。
ラビは反射的に報告書を握り潰す。
ぐしゃり、と乾いた音が資料室に落ちた。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
思い出したくない。
本来なら、ただ記録すればいい。
何が起きたのか。
どう戦ったのか。
誰が傷ついたのか。
それだけを、感情を混ぜずに書けばいい。