第7章 【第六話】この世界に繋ぎ止めて
深夜の書庫には、紙とインクの乾いた匂いが満ちていた。
高く積み上げられた古い文献の影が、ランプの淡い灯りに長く伸びている。
奥の机へ腰を下ろし、私は教団の資料庫から借りてきた村の台帳を開いた。
紙は残っている。
けれど、そこに記されていたはずの人々の名前は、ほとんど失われていた。
空白の欄が並ぶだけの台帳。
村の位置を示す地図。
巡回ファインダーの途切れた報告。
誰かがいたはずなのに、その誰かへ辿り着くための文字だけが抜け落ちている。
私は持ってきた手帳を開き、ペン先をインクへ浸した。
『アンナ』
まず、その名を書く。
それだけで、胸の奥が僅かに痛んだ。
『七、八歳ほどの少女』
『泥に汚れた布人形を所持』
『霧の中で、母を呼んでいた』
ペン先が止まる。
あの白い光の中で、アンナへ手を伸ばしていた女性の魂。
顔立ちも、声も、私は知らない。
けれど、娘を想うその手だけは、見間違えようがなかった。
『母親と思われる魂は、最後までアンナへ手を伸ばしていた』
書き終えた文字が、ランプの光の下で静かに滲んだ。
記録したところで、アンナの記憶が戻るわけではない。
母親の声を、もう一度聞かせてあげられるわけでもない。
それでも。
あの人が娘を愛していたことまで、消えてしまうのは嫌だった。