第8章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を離さない Ⅱ**
「うわ。、それ以上近づかないで」
任務を終えて下水道から地上へ出た途端、先生に言われた最初の言葉がそれだった。
ひどい。
好きな人に「近づかないで」なんて言われたら、普通に傷つく。
傷つくけど……。
私は自分の袖口を鼻へ近づけてみた。
「…………くさい」
うん。
これは、近づかないでって言われても仕方ない。
下水道での任務中、呪霊の攻撃を避けた拍子に足を滑らせて水路へ突っ込んだ。
髪は濡れてる。
制服も汚れてる。
靴の中なんて、さっきから歩くたびに気持ち悪い。
隣では、人ひとりを乗せられるほど大きな黒い鳥の式神・朔(さく)が、しょんぼりと羽を下げていた。
朔も私を庇って、下水まみれになっている。
尾羽の先からも水滴が落ちて、足元に水たまりを作っていた。
「……ごめんね、朔」
『きゅぅ……』
声をかけると、朔は弱々しく鳴いた。
「朔もかわいそ。主人がドジだと、式神も苦労するねぇ」
「…………」
『…………』
「まあ、僕は術式あるから関係ないけど」
先生は笑いながら、自分の制服の袖を軽く払った。
先生も下水道にいたはずなのに、汚れひとつない。
髪も服も、任務前とほとんど変わっていない。
……ずるい。
というか、先生がもうちょっと手伝ってくれてたら、こんなことにならなかったと思うんだけど。
もういい。
それより早く帰ってシャワー浴びたい。
今すぐ全部脱いで、頭からお湯をかぶりたい。
補助監督さんにお迎えをお願いするにしても、この状態で車に乗ったら絶対に汚す。
朔に乗って帰ろうにも。
「朔、飛べそう?」
『…………』
朔は濡れた翼を一度広げかけて、すぐに力なく下ろした。
無理……だね。
「電車……」
「それはやめた方がいいんじゃない?」
「……ですよね」
こんな格好で電車に乗ったら、たぶん一両分くらい人が離れていく。
というか、その前に私が耐えられない。
帰れない。
どうしよう。