第8章 不協和音(ディソナンス)
「何故、指示通りにやれない。どうなっているんだ」
イルミの低い声が、ホールの高い天井に冷たく反響した。
宮廷オーケストラを交えた初の音合わせは、始まってすぐに破綻した。曲は《グローリア》。誰しもが知る、荘厳な礼拝曲だ。
指揮台の上で凍てついたイルミの横顔を、エレオノーラは舞台中央から冷ややかに見つめていた。
父ルドルフは戦にしか興味がない。文化など眼中になく、音楽などさらに無関心だ。そんな王が揃えた宮廷楽団など、所詮は見栄のための飾り物に過ぎない。
弦も管も数だけは揃っている。だが、音はひどいものだった。
エレオノーラは唇をわずかに歪めた。
グランツェ王国の音楽レベルなどこんなものだということを、彼女はとうに理解していた。
「ヴァイオリン」
イルミは指揮棒を脇に挟むと、弦楽器の列へと歩み寄った。
「全員、弓の向きが違う。呼吸も揃えていない。合わせる気がないなら、最初から音を出すな」
奏者たちの顔が一斉に強張る。
「次までに修正しろ。コンサートマスター、出来なければお前はクビだ」
「……はい」
エレオノーラは内心、いい気味だと思った。
次に、イルミは管の方へ視線を移した。
「トランペット、それとクラリネットも。スラーとスタッカートの違いくらいは分かるだろ。だらだら吹くな。音が濁る」
管楽器の列に重苦しい沈黙が落ちる。
先程までどこか緩んでいた奏者たちの表情から、みるみる余裕が消えていった
「楽譜通りにやれ。出来ない奴は此処に立つな」
「……はい」
ホール全体の空気が、瞬く間に新任の指揮者の冷たい檄に支配されていく。
エレオノーラは表情こそ崩さないが、胸の奥でわずかな愉悦が灯った。