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【H×H イルミ 】黒と白のアリア 

第3章 崩れゆく調律


出発の日、父は娘の両肩を強く掴み、珍しく震える声で言った。

「ニナ、よく聞け」

父の手が肩に食い込む。

「お前はセルディアの娘だ。誇りを持て。だが——」

一瞬、言葉が詰まる。

「向こうでは口を慎め。お前は道具だ。ときには影になれ。家のために……わかっているな?」

母は涙を堪えながら、娘の髪に古い銀の髪飾りを挿した。それは曾祖母が嫁入りしたときに持っていたという、セルディア家に伝わる唯一の宝物だった。

「もし何か困ったことがあれば、手紙をちょうだい。でも……できるだけ、迷惑をかけないでね」

ニナは小さく頷いた。
言葉を返すと泣いてしまいそうだったから。

馬車がセルディア家の前で待っていた。
黒塗りの立派な馬車で、御者はゾルディック家の紋章入りの服を着ていた。

ニナが乗り込むとき、父は最後に一言だけ付け加えた。

「もしかしたら……今後も。……それでも、お前は耐えてくれ。セルディアの娘として」



馬車が動き出すと、ニナは小さな窓から家族の姿を見つめた。

父は背を伸ばし、母はエプロンで口元を押さえ、兄たちは目を合わせないように頭を下げていた。

馬車が村の石畳を越え、森の奥へと進むにつれ、ニナの胸に重いものが沈んでいった。

これから自分は、ゾルディック家の「娘」として生きる。
いや、正確には「預けられた娘」として。

音楽の家に育ったニナはこれから先、どんな旋律を奏でることになるのだろう?
それとも、ただ黙って弦を張り替えられるだけの古びた楽器のように。

窓の外を流れるまだ雪の残る風景を眺めながら、ニナはそっと目を閉じた。

「……耐えられるかな」

小さな声は、馬車の軋む音にかき消されて、誰にも聞こえなかった。
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