第2章 【直哉×甚爾元カノ】
禪院家の厳格な空気とは無縁な、京都市内の古い町家。
は甚爾が去った後、彼との僅かな思い出を整理することもなく、ただ静かに、一人の女として自立して暮らしていた。
夕暮れ時、が買い出しから戻り、玄関の鍵を開けようとしたその時だ。
「……えらい遅い帰りやな。三十路過ぎると、足腰も弱るんか?」
聞き慣れた、けれど心臓を逆撫でするような傲慢な声。
振り返ると、町家の格子戸に背を預け、退屈そうにスマートフォンを弄っている直哉がいた。
「直哉くん……。また、こんなところまで来たの?」
「『また』とは失礼やな。当主候補がわざわざ京都の端っこまで足を運んでやってるんや。感謝の言葉くらいあってもええんちゃう?」
直哉は顔を上げ、を頭の先から足の先まで、値踏みするように眺めた。
二十二歳になった彼は、その実力も美貌も完成されつつあった。
禪院家の当主という地位をほぼ手中に収め、周囲には彼に跪く女がいくらでもいる。
それなのに、彼はわざわざ、この「甚爾の残り香」が漂う小さな家に通い詰めていた。
「もう関係ないって言ったでしょう。
私はもう、禪院家と関わりたくない。甚爾くんも、もういないんだし」
「関係あるわ。俺が決めたんや」
直哉はの手から鍵を奪い取ると、当然のように彼女を押し除けて家の中へと入っていった。
生活感のある、けれどどこか寂しげな一人暮らしの部屋。直哉はそこにある安っぽいソファに深く腰掛け、自分の家であるかのように振る舞う。