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一宵の舞

第3章 雅楽舞踏


 何がなんだか分からないままマコトの父に連れて来られたのは、舞台のある広い和室だった。
 そこには何人か和服の格好をした男女がいて、時には扇子を持ったりしてぐるぐる回ったり跳ねたりしていた。
「やめっ!」
 これがなんなのかと俺が聞くより早く、マコトの父がよく通る声で皆に言った。そこにいた全員が、ぴたりと時間が止まったみたいに動きを止める。
「紹介しよう。マコトの友達だ」
 とマコトの父に紹介され、俺は緊張しながら小さくお辞儀をした。そこにいた人たちが一斉にその場で正座をしてお辞儀を返してくれた。この時俺は単純だったから、自分が王様にでもなった気持ちになっていたのだ。
「名前は? なんだったかな」
 まだ名乗ってもいなかったのだが、俺のことはマコトから聞いていたのだろう。俺は自己紹介をした。
「七崎トオル」
「トオルくんか。いい名前だ」マコトの父はそう言った。「ヤマト、トオルくんに一の芸を見せなさい」
「はっ」
 そうして出てきたのは、マコトの父の一番弟子、ヤマトさんだった。
 ヤマトさんは当時十七歳だったが、その時の俺からしたら背が高くて目鼻整っていてかっこいい大人、といったイメージだった。
 ヤマトさんはいそいそと舞台へ上がって行った。何が始まるんだろうとマコトの父を見上げても嬉しそうにニコニコするばかり。
 その内に、ドンッと大きな音が鳴って俺が急いで舞台へ視線を戻すと、ヤマトさんが床を思い切り踏み込んで宙にくるりと回っている様子が視界に飛び込んで来た。
 ヤマトさんの後ろで同時に舞い上がった着物の裾がまるで羽根みたいに見えて、俺は一瞬で目が奪われた。
 飛び上がった時とは真逆にあまりにも静かに着地すると、ヤマトさんは舞台の前へ半歩出た。
 その時、さっきまではどこにもなかったはずのお面をヤマトさんが顔に付けていて俺は更に驚いた。細目をした狐のお面が、真っ直ぐ見ているような、全体を見回しているかのようにそこに佇んでいたのだ。
「すっげぇ……」
 俺が漏らした第一声はそれだった。
 それからマコトの父を見上げた。
「なぁなぁ、さっきのなんだ?! すっげぇかっこいい!」
 そう言うとマコトの父は嬉しそうに笑って何度も頷いた。
「教えてやろう」
 それが、俺が雅楽舞踏役者になった始まりだった──。
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