第29章 五色の夜 春日山城編4 【義元】R18
片端は私の腰、もう片方は義元さんの腰へと繋がっている。
このために調達してたのか。
「は、はい…」
不安でどこかにしがみついていたいけど、屋根は人が登るための場所ではないから、もちろん掴まるところなんて無い。
「座ろう」
義元さんの手が私の肩へ回される。
そのまま自然な動作で優しく押されて、二人で並んで座った。
いつの間にか厚めの布が敷かれていて、お尻の下はフカフカしている。
体を小さく縮こませている私に、
「やっぱり怖いよね」
義元さんはすまなそうに言い、私の両手を取って自分の体に回させた。
「もし嫌じゃなければ、俺に掴まってて」
あー、これどうしよう、近いよ。
香のかおりが漂う。
少し甘くて爽やかな、洗練されたいいかおり。
「もっと近くにおいで」
戸惑いのあまり思いっきり引けていた私の腰を義元さんは引き寄せたので、もう近いどころじゃなくなった。
義元さんに抱きついている体勢。
かなり密着してる。
心臓がずっと早鐘を打ち続けているけれど、怖さによる動悸から、義元さんへのドキドキに変わっていた。
「名無し、顔上げて、空を見て」
「は、はい」
言われた通りに見上げてみると、浮かんでいたのは…
何て大きな月!
ずっと、うつむいてたから気がつかなかった。
登り始めた月が光り輝いている。
今夜の闇がほの白く、やわらかく感じたのは、こんなにも大きな月に照らされていたから…。
「綺麗…」
一瞬で戸惑いも怖さも薄れ、私は自然と呟いていた。
「うん、綺麗だよね。今夜は十四日目の月。満ちる直前の月だ」
確かにその月は片側がわずかに欠けて、完全な円ではなく少しいびつな形だった。
「満月を待つ期待から『幾望(きぼう)』や『待宵月』とも呼ばれてる」
「名前も素敵ですね」
「ああ。欠けた部分に想像力が刺激される。完璧な満月はもちろん美しいけど、想像が入る余地はない。この状態の月だからこそ感じる、特別な美しさがあるんだよ」
密着しているので、義元さんの言葉は耳で聞くというより、振動を肌で感じ直接流れこんでくるようだった。
それがとても、心地よく感じる。