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春の呪い【呪術廻戦】

第10章 (十) 死とかおり


 男女はある拍子にふと目をあわせて、そして慈しみあうように唇を交わしました。女の頬を、少量の涙が一筋伝りました。女はそれ以降、一切涙を見せず、固く、ただ凛とした眼をそこに据えて男の土を掘るのを見つめていました。

 嬰児は、いつのまにか泣き止んだのか、今度はきゃっきゃとけな気に笑っておりました。女が、おだやかに籠を揺らせば、その場を桜のかおりがゆっくりとつつみました。

 あるとき男は手を止めて、女のほうを振り返りました。女が男に向かって一歩を踏み出しました。男は女の肩を抱きました。そして、二人で籠を手にして、落ち着いた動作でそれを、土の深くへ、おろしました。女が、立ち上がります。すれば桜の花をひと房もいで、嬰児の口へやさしく置きました。女の指を、嬰児の透明な涎が滴りました。嬰児は、ゆっくりと咀嚼しました。嬰児がそれを飲みこまぬうちに、嬰児へふわりとこころなしか桜のかおりのする布をかぶせました。そして男がそこへ、土を下ろしました。

 ざっ、ざっ、無機質な音が、するたびに、女の表情がまた、絶望に変わったように思われました。しかし先ほどのように泣くことなく、それら悲しみだろうか、絶望だろうか、怒りだろうか、苦しみだろうか、人間の、黒く得体のしれない感情というものを、呑むようにして女は息を吸いました。

 土をすべてかぶせ終えても、男女はその場を動こうとしませんでした。女は土を撫で、男は桜の花をじっと見つめ、しばらくしてから男女は手をつなぎ、その場を去りました。

 その後男女がどうなったのか、それは誰が知ることでもありません。しかし土に埋められた嬰児とは、たしかに二人の子でありました。二人の愛をもってして生まれた、たしかに、人間の子であったのです。そして、その嬰児とは、その後―――。
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