第3章 Sun flower
ナッツをつまんでいた手が伸びて、ローズの腕を容赦なく掴む。油のついた指先は気持ち悪い感触をローズに与えた。
その上、力が強い。男は何か力仕事でもしているのか、ローズの3倍くらいの背丈があった。その分、筋力は増す。
ローズの細い腕など簡単にへし折られてしまいそうだった。
「や、やめてください」
「いまはぁ、俺の相手をしてるんだろぉ? なんで別の男のこと考えてる暇があるんだよ!?」
脅すように怒鳴って、男は立ち上がった。騒がしかった店内は静まり返って、何事かと伺うように視線が寄越される。
青年に助けを求めたが、「あ〜あ、またやってらぁ」と他人事だった。そして、あろうことか自分の代金だけ置いて店を去ったのだ。
これはまずい。非常にまずい。
店主は奥で料理をしているし、すぐには助けてもらえない。他の客も、図体のでかい男に気圧されたように動けずにいた。
「だいたい、他の奴にも笑顔振り撒いてんじゃねーよ。ふざけてんのか? あ? 自分が誰のものかって自覚はあんのか聞いてんだよ!!」
「ひッ、」
細い悲鳴が喉の奥で鳴る。
反射的に逃げようと腰が引けたのがよくなかった。その動きに刺激された男が、もう片方の腕を伸ばしてきたのだ。首を掴まれて、呆気なく床に押し倒される。
「俺は、おれは、こんなにもおまえのことをあいしてるのにぃいいイィい」
息ができない。これは流石にまずいと思ったのだろう、何人かが立ち上がり、ローズを助けようとした。
「リ、ヴァイ……」
まだ迎えの時間ではないから、ここに来るはずがないのに。
ローズは必死に彼の名を呼んだ。
「ぶグォッ!!」
刹那、カエルが潰れたような声を上げて馬乗りになっていた男が真横に吹っ飛んだ。一気に酸素が肺に流れ込んでくる。
涙が出るまでむせて、ようやく顔を上げた時、よく見慣れた後ろ姿がそこにはあった。