第2章 Geranium
「ただいま」
育ての親がいなくなってから久しく言っていない言葉。
言いづらいそれを口にしてドアを開けた。
「おかえり」
夕食の用意をしていたらしいローズは、リヴァイの声に一瞬肩を揺らして振り返った。彼女の過去は知らないが、ずいぶん物音に敏感らしい。
気づかないふりをして、買ってきた図鑑をテーブルの上に置く。ちょうど出来たてのスープを持ったローズがそれに気づいた。
「なにか買ってきたの?」
ローズが自ら話しかけるのは珍しいことだった。
そのことに少し嬉しくなる自分に驚きながらも、リヴァイはいつもの仏頂面で頷く。
「お前の気晴らしになればと思って、買ってきた」
どんな反応が返ってくるのかわからず、緊張する。こくんと喉を鳴らして唾を飲んだ。
自然と視線は下を向いた。視界の端でローズが図鑑を手に取るのが見える。
「……お花の図鑑」
細い指先が表紙の花の絵をなぞる。
恐る恐るリヴァイはローズを見上げた。
「ありがとう。リヴァイ」
その声は驚くほど柔らかかった。
ローズは目を細め、愛おしそうに図鑑をめくっている。いらないと返されると予想していたが気に入ってくれたらしい。
「あたし、お花が大好きなの」
「そ、うか」
ローズの好きなものをリヴァイは初めて知った。
花が好き、と聞いて脳裏にとある場所が浮かぶ。あそこに連れて行ったらローズはもっと喜んでくれるかもしれない。
「ローズ」
そのことを提案しようとしてローズを見たリヴァイは、思わず口を閉ざした。
ページをめくっていた手を止め、あるページを眺めていた。その顔は懐かしそうに、しかし悲しそうに顔を歪められている。
「ローズ……?」
「ん、あぁ、ごめんなさい。好きな花が載っていたから」
どんな花なのか気になったが、ローズはぱたんと本を閉じてしまった。
「明日、連れていきたいところがある」
リヴァイが言うと、ローズは不思議そうな顔をして頷いた。