第5章 近付いた距離から変化は訪れる
近付く二人の距離は段々と唇が触れ合いそうになる距離まで近付くが…
結莉乃
「わー!困ります!」
「……っ?」
どうしたら良いのか分からなくなった結莉乃の両手は触れるのを防ぐ様に形の良い唇を抑えていた。それを予想していなかった男は、きょとんとしてから笑い出した
「ははっ、拒まれたの初めてだわ」
先程までの甘い表情はどこへやったのか、今は可笑しそうに笑っていて…結莉乃は別人かとすら思う。
耳の上から頭を僅か覆うようになっている湾曲の角を持った男は、ゆっくりと結莉乃から離れる。
結莉乃
「あ、あの…?」
「あー…驚かせたよな、ごめん。君の事は他の奴から聞いてる…それに数日、観察させてもらった」
結莉乃
「え、観察…?」
「うん。君が来てからあんなに部屋から出なくて冷たかった胤晴さんが朝から部屋を出たり、野菜を運んだり、皆と食事をしたり……あの人に変化を与えるなんて凄いなって…君が何か企んでるんじゃないかって。だって、慎太やあの天音までが君に心を許し始めてる」
結莉乃
「え、そんな…私…っ」
「ん、分かってる。俺は胤晴さんの忠実な家臣…主に近付く女性を見極めてるんだ。裏が無いか…とかな。君は違ったけど、例えば胤晴さんを想っている人がいるとしよう。その子が君にしたように、俺が近付いて照れたり惚れたり…受け入れたら排除対象」
結莉乃
「排除対象…」
「君は他の女とは違う。…松風 八一(マツカゼ ヤイチ)、俺の名前覚えておいて?結莉乃ちゃん」
にこりと笑って告げられた自身の名の最後にはまるで音符でもついているようだった。そして、珊瑚色の髪を揺らして結莉乃に背を向けた八一は、ひらりと手を振って去って行った
結莉乃
(名乗られるまで正直、名前ど忘れしちゃってたし…彼の攻略まだしてないから少ししか分かんなかったけど…ここまで変わるんだ)
背中を見ながら結莉乃はそんな事を考えていた