第5章 近付いた距離から変化は訪れる
そうこうしていると胤晴が居る部屋の前へと到着し、凪が心の準備は出来ているかと窺う様な視線を結莉乃へ向ける。それに気が付いた彼女が、息を吐き出してから頷くのを見ると凪は襖へ顔を向けた
凪
「彼女を連れてきました」
胤晴
「入れ」
短く低い声が聞こえれば背筋が伸びた。
凪は襖を開けると結莉乃へ入るよう促す
結莉乃
「失礼します」
結莉乃がお辞儀をして中へ脚を踏み入れると、凪はそのまま襖を閉じてしまった。結莉乃は凪も入ると思っていたので思わず振り向いたが、大丈夫と言い聞かせて胤晴の前へと正座をする
胤晴
「慎太の事、礼を言う。…ありがとう」
結莉乃
「へ……」
予想もしていなかった胤晴からの感謝に結莉乃は思わず、じっと胤晴を見詰めた
胤晴
「何だ」
結莉乃
「な、何か粗相をしてしまったのかと思っていたので…」
びっくりした…何て思いながら結莉乃は小さく息を吐くが、次にはその息を吸い込んだ。
結莉乃
「あ!き、着物…破っちゃいました…」
胤晴
「あぁ…それなら気にする事は無い。生死の戦いで着ている物が汚れたり、破れたりするのは当然の事だ」
そんな言葉を貰えると思っていなかった結莉乃は、優しいんだな…なんて呑気に考えた。
結莉乃が、頭部から伸びる太く立派な角、切れ長な目の中で輝く紅い瞳、お尻を覆う綺麗な黒髪を紅い紐でハーフアップにしている…胤晴を改めて見ていると彼が咳払いをした。
胤晴
「それより、君があの場に居なかったら慎太はどうなっていたか分からない」
見過ぎた、と反省したもののそう告げられた声に彼は本当に仲間が大切なんだと思った。
結莉乃
(でも、お礼をそんな怖い顔で言う…?)
何故か胤晴に対する怖さというものが薄れた結莉乃は、胤晴へ声を掛ける
結莉乃
「お礼って…そんなに怖い顔で言うものですか?」
胤晴
「……は」
そんな事を言われると思っていなかった胤晴は、珍しく間抜けな声を出していた