第21章 狂気
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悪い予感はずっとあった…
…お前の様子がおかしい事に気付いてから
……ずっと
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『大事な話があるんだ…今日、僕の部屋に来てくれない?』
何時に無く、重苦しい、智の声
「珍しいな、お前から来てなんて、久々に聞いたよ…
行ってもいいけど…今、言えない話なのか?」
『…会って話がしたいんだ』
心臓が、騒めく
「…解った、仕事が終わったらすぐ行く」
『…うん……待ってる…じゃ……』
…ッーッーッー…
手が、冷たい汗で濡れている
(…何の…話だよ…)
俺は震える手で、デスクの電話を取った
『…自宅に繋いでくれ』
俺は、罪悪感を飲み込んで“妻”に、今日は帰れないと告げた
(……今日は?……
……いや
もしかしたら……もう二度と……)
俺は引き出しの中から、智の写真を取り出した
まだ、何処か幼くて、あどけない智
「…何処で…間違えたのかな…」
(なあ、智…俺たち…いや、俺は……)
…何処で、間違ってしまったんだろう…
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仕事を終えた俺は、智のマンションに向かった
何度も通った道
何時も、お前に逢える歓びだけがあったのに
(…ガキみたいに、足が震えてやがる)
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「…あとは歩くから…帰っていいよ…待たないでいいから」
運転手にそう言って、マンションの手前で車を降りる
俺が、お前を仕舞込んで、隠すために用意した
お前の部屋…
せめて、好きなもので埋め尽くしてやろうと思っていたのに
お前は、欲しいものは無いと言った
…あの時から
少しずつ…歯車が狂い始めたんだろうか…
…いや、もしかしたら
……もっと、前から……
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部屋までの廊下が、やけに長く思えた
俺は重い部屋の扉を開けて、お前のいる場所へ…俺の、秘密の…鳥籠へ……
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智は、薄暗い部屋の中
其処を照らす、唯一の明かりを観ていた
…窓の外で妖しく輝く、月を…
…その、危うい輝きを…
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部屋の壁に凭れ
ぼんやり月を眺める智の、月明かりに照らされたその横顔は
悲しいくらい
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……綺麗だった……
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