第17章 始まりの過去2
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「ぅうっ!」
左の脇腹に激痛が走る
「Σひっひぃっー!!」
“その人”が、真っ青になって店を飛び出す
「…さ…さと…」
彼が眼を見開いて震えている
彼の手から、ナイフが落ちた
それと同時に、僕は床に膝をついた
白いシャツの脇がみるみる赤く染まる
「———智っ!!」
彼が僕の身体を掴む
僕は痛みをこらえて落ちたナイフを拾うと、柄の部分を拭って、ナイフを自分に向けて握り直した
「さ…智…何して…」
「…僕が…じ…自分で…刺した、の…」
「……!!!」
「…い…い…?…ぼ、僕が…自分で…さ、刺した…だ…からね…」
「…智…さとし…俺…」
僕は彼の頬にそっと手を触れた
「…だ、だいじょ…ぶ…だから…き、救急…車…よ、呼んで…」
「わ、解った」
救急車が来るまで、彼は震えながら、僕を抱きしめていた
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僕の傷は、命に関わる程のものではなかった
それに
僕が“自分で刺した”と言い張ったから、全ては“事故”として処理されたようだった
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そして僕は、退院後
誰にも何も言わずに
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皆の前から、姿を消した
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それから、五回目の夏が過ぎようとしていた
僕はバイトを掛け持ちでしながら、公園で描き貯めた絵を売って暮らしていた
食うに困る生活なんてした事なかったから、正直辛かった
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「いくら?」
露店に絵を並べていた僕は「はい」と言いながら振り向いて…絶句した
「いくら?」
彼は…松本くんは、同じ言葉を繰り返した
随分大人っぽくなって、高そうなスーツが、良く似合ってる
「…え…えと…大きいのと、小さいの、どっち…」
「全部だ」
「え?」
「お前ごと、全部」
「………」
松本くんが、二ヤリと笑う
「約束したろ?俺がお前を養ってやるって」
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秋めいた風が、僕の背中を冷たく通り過ぎた…
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