第29章 高杉晋助《神立》
麓まで下りた時、彼に訊かれた。
「花火は好きか」
「はい。遠方まで行くことはないですけど、近所なら毎年必ず観てます」
「そうか」
彼の手が私の頭上に伸び、笠を外した。
鉄砲雨は袖笠雨に変わっていた。
「それなら――」
「え?」
雷鳴が轟き、二人して空を見上げる。
また大粒の雨に変わりそうな不安定な空模様。
「あ、少し待っててもらえますか」
しばらく雨に打たれ、笠はだいぶ水気を含んでしまっている。
この後の雨に耐えきれるかわからない。長傘を渡そうと、私は家に戻った。
お世話になったせめてものお礼も兼ねて。
でも、戻った時には彼の姿はなかった。
きちんとお礼も言えずないままに、彼は消えてしまった。
長傘を手に立ち尽くす頭上で響いた神立は、今でも心に響いている。
先日のテロが彼の手に依るものかどうかはわからない。
でも、こうして指名手配さていることは事実。
もし、もしもまた、彼に出会うことがあったら、その時は……
会うだろうか。
雷鳴に搔き消された彼の言葉は、こう聞こえた気がした。
「それなら、もうこの辺りに来ることはないかもしれねーな」
私が会ったあの人は優しい人だった。
彼は罪のない人々を巻き込むテロリストなのかもしれない。
それは、そこに生きる人を知らないから出来る行為なんじゃないだろうか。
その地に息づく者を知ってしまったら、巻き込まれる危険性を知ってしまったら――
私が訪れる花火大会に来ることはない。
彼にとって、人が集まる場所は事件を起こす場所だから。
あの言葉の意味をそう捉えてしまうのは、都合のいい考えだろうか。
だから、彼とは二度と会うことがないような気がしている。
でも、会いたい。せめて、もう一度だけでも。
ありがとうって、伝えたい。
(了)