第1章 お手玉
「……眠い……」
昼下がりの柔らかな日差しの中、昼食を食べ終えた私たちは午後の授業に励んでいた。いや、数名は眠りに落ちていて、なかでも私の兄はいびきをかいて堂々と寝ているのだが。
銀時も駄目なのだ、きっとこれは血のせいだ。ハゲとかそういうのと同じ、負の遺伝なのだ。私の体は授業を受けるのに向いていない体なのだろう。
しかし私は負けない。血に打ち勝ち、授業を受けきってみせる。
「小太郎兄ちゃん、小太郎兄ちゃん」
隣で真面目に、正座なんかして御行儀の良い小太郎に声をかける。
「どうした? 桜花」
「私のほっぺつねってくれない?」
「……ん? もう一度言ってくれ」
「いやだから、私のほっぺをつねってって」
「一応聞こう。何故だ?」
「眠い。つねられたら流石に起きるんじゃないかなって」
「……んんん。んー……分かった」
ゆっくりと小太郎の手が持ち上がり、2本の指で私の頬を挟む。しかし、一向にその指に力が入らない。本当に挟んでいるだけだ。
「もっと強く……」
「こ、こうか?」
「んーもうちょっと……」
「何をしているんですか? 小太郎、桜花」
授業そっちのけで話していた私たちの目の前に、横向きの先生の顔が現れた。教科書を片手に腰を曲げ、にっこりと笑う。
小太郎が慌てた様子で弁明を図ろうとする。
「せっ、先生! こ、これはですね……」
「眠かったから私が頼んだの。つねってって」
欠伸を1つする。先生はくすりと笑って続ける。
「ほう? 桜花、昨日夜更かしでもしたんですか? いけませんよ、夜更かしは美容の大敵です」
「若さでカバーしてるから平気。てか夜更かしなんてしてないもん」
「ふむ、そうですか。寝不足ではないと……」
体を起こし、顎に人差し指と親指を当ててしばし考えた先生はいつもの笑顔で両手を叩いて言った。ちなみに教科書は脇に挟んでいる。
「では、お手玉をしましょう」