インターハイの山頂をキミに[東堂VS荒北VS真波]
第1章 きらりと光った涙
自転車ロードレースの真夏のインターハイが広島にて決着の時を迎え、会場は異様なほどの熱気と興奮に包まれていた。
王者となったのは、常勝、箱根学園である。
由緒正しきロードレースの覇者として君臨し続けてきた箱根学園は選手の層も厚く、2年生がレギュラーになることなどめったにない。
それでもその年のインターハイは2年生がひとり出場していた。
表彰式が盛大に執り行われる傍ら、少し離れた木立の中で、その事実に言いようのない悔しさと高揚を噛みしめる男がふたり。
「単純に上から6番目までに入れなかった……その己のふがいなさを責める他、今は何もできないな!
しかしオレたちには来年がある!
来年こそは必ずチームハコガクの一員としてインターハイに出る!
お前もまさかその夢まで諦めてしまったわけではないだろう?」
「はっ たりめーだ 上等だヨ
オレが福チャンのアシストに届かねェ、まだ足りねェって言うんなら今からでも回すまでだ!
そうだろ東堂?!」
「むぅ その通りだ。サボりの荒北ともあろう者がよくもここまで触発されたものだな!」
「センパイと福チャンのあんなレース見せつけられちゃなァ……」
次の瞬間、風が突然吹き抜けて全ての時が止まったかのような感覚にふたりは陥った。
そこに現れたのは美女と呼ぶにはあまりに清らかであどけなく、しかし確かな意志をその目に宿したかのようなひとりの女だった。
真っ白な半袖のワンピースの裾をなびかせた女は荒北と東堂と順番にゆっくり目を合わせたかと思うと、無表情にその場を去ってしまう。
残されたふたりは普段の自身からは考えられないことだが、女のまなざしに魅入られ、彼女がとっくに立ち去っても、しばらくその場を動けないどころか、言葉も発せずにいた。
我に返ったふたりは表彰式の会場に戻り、女を探したが、ついぞ見つけることは叶わなかった。
優勝した箱根学園では華々しい打ち上げが行われたが、ふたりは嬉しさも悔しさも半ば忘れ、うわの空で過ごすしかなかった。
「なァ……オレの見間違えじゃねェよな?」
「ああ……見間違いじゃねーな……あのコは確かに涙を流していた!」
全ての景色が王者ハコガクの優勝を讃える中、ひとり人目につかぬ場所で涙を押し殺していた、その女の姿はふたりの胸に焼き付いて消えなかった。