第32章 姫さんと狐の夜*
光秀と華音の深い口付けの音が、2人の空間にだけ響く。
月明かりすら拒絶した空間の中で、頼りになるのは己の五感のみ。
灯りがないことで逆に感覚が研ぎ澄まされているのか、光秀の唇も舌も手も、心臓の音まで聴こえてきそうで華音は思わず目を閉じる。
そんな華音のいじらしい仕草も、夜目が利く光秀にはばればれだ。
「目を開けてくれ。お前ならば見えるだろう」
「見えるから嫌なんだ」
「ほう、まだ余裕があるようで何よりだ」
こうも簡単に光秀に仕返しされてしまうほど、今の華音には余裕はない。
それでも理性は保つものだから、余計に感情がぐちゃぐちゃになるのだ。
「綺麗だ。華音」
「………っ」
「本当に」
まるで贈り物の包みを一枚一枚丁寧に剥がしていくように、華音の夜着の帯を解く。
光秀は夜目が利くとはいえ、全てが細かく見えるわけではない。
それでも光秀は、この世で一番美しいのは華音だと言わんばかりに、口付けるたびに心の底からの言葉を贈る。
否、むしろ今の光秀だからこそ、美貌という名の仮面で隠された華音の本当の美しさが見えているのだ。
襦袢の帯が解かれ、素肌に一枚羽織っているだけの状態になった華音をそっと布団に寝かせる。
「俺に、お前を愛させてくれ。華音」
華音は手の甲で口元を隠しながら視線を彷徨わせて、数秒ほど経って光秀を見上げてこくりと頷いた。
「愛して、ください」
華音は男を誘ったことがない。
それどころか、男に身体を性的に触れられることに対してトラウマを持っていてもおかしくない思い出がある華音にとって、これが精一杯だった。
華音の言葉で満足気に笑った光秀は触れるだけの口付けを落とし、華音が羽織っていた襦袢をはらりと開いた。
夜の帳はまだ、降りたばかりだ。