第24章 sprout 佐久早
その夜、ランニングを終えて寮に帰ると、もう夕飯の時間は終わって閉まっているはずの食堂に明かりがついていた
そして何やらいい匂いもしてくる
チラリと中を覗くと、まさかの橘さんが厨房にいた
昼間の白衣ではなく、私服にエプロン姿
しかもマスクも外していて…
目を奪われるほどの美人だった
どうする
でもこんなチャンス…
俺は意を決して食堂に足を踏み入れた
人気に気づいた彼女は顔を上げる
「佐久早さん…」
「…すみません、勝手に入って」
「いえ、私こそ献立の試作をこちらの厨房を借りてしていたものですから…佐久早さんはランニングですか?」
「はい」
「遅くまでお疲れ様です。あ、ちょっと待ってください」
そう言うと彼女は厨房の奥に引っ込んで、しばらくしてグラスを片手に戻ってきた
「どうぞ」
差し出されたグラスを受け取り、一口飲んだ
一見ただの水に見えた透明な液体は、レモンの酸味が効いた少し甘味のある…スポーツドリンクのような飲み物だったが、人工的な甘さはない
「これは…?」
「水に塩とレモン、それに少し蜂蜜を」
ランニング帰りと聞いて咄嗟にこれを用意してくれるあたり、さすがVリーグのお抱え栄養士だと関心しながら、残りのドリンクを飲み干した
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「試作…何作ってたんですか?」
そう聞くと彼女は少し恥ずかしそうに
「今日の面談で佐久早さんがおっしゃってた、梅干しのメニューです。一緒に摂るとミネラルの吸収が良くなるので、イワシにしようかなと思って、今イワシの梅煮を…」
と答えた
今日、面談した選手は他にもいたはずだ
なのに俺の好物で献立を考えようとしてくれてることが素直に嬉しかった
「それ、食べてもいいですか?」
「あ、どうぞ。それなら、私も夕飯まだなのでご一緒してもいいですか?」
「もちろんです」
俺がそう答えると、彼女はニコリと笑って慣れた手つきで圧力鍋を開けて、イワシを器に盛る
夕飯の残りの味噌汁とご飯、それにイワシの梅煮を載せたトレイを机に置いた彼女は、エプロンを外して向かい側に座る
「夕飯、食べたのにいいんですか?こんな時間にご迷惑では…」
「全然、いただきます」