第1章 unlucky men
恐らく気付いていたんだ、その歩く音、呼吸の仕方。
ずっと一緒にいるのだから、分かるはずだ。
でも俺は蓋をした。
聞きたくなかった。
知りたくなかった。
だから、無意識に、記憶を閉じた。
まだこの時にははっきりとしていなくて、ぼんやりとした『予感』に過ぎなかったのもあるだろう。
けれど、これがニノだとはっきり自覚したのは——彼がドアを開けたときに聞こえた、ため息が、その声が明らかにニノのものであったと、感づいてしまったときだった。
はぁ、と僅かに聞き取れたため息は完全に彼のそれで、でも、普段、ちょっとしたときなんかに聞くため息とは、重さが違う。
もっと暗くて、深くて、空の果ての深淵を覗いたら聞こえるのだろうかと錯覚してしまうくらいに重苦しい。
ニノはデスマッチで食べる量も、収録が何本もあっても、決して食べすぎることは無かった。ニノが腹を下しているところは、ほとんど見たことが無い。
今日に限って体調を崩した、というわけでもないことは、ため息の調子で、痛いくらいに分かってしまった。
カチリ、と記憶のパーツが嵌るようにして、気付いた。
ニノへの違和感は間違っていなかったこと。
俺が手を伸ばせていれば何かが違ったかもしれないこと。
俺は、ひょっとしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないこと。
なんで聞かなかった?
なんで声を掛けなかった?
たったの一言でも、ほんの軽いものでも、自分が何か行動を起こしていれば、ニノは今日、吐かなかったかもしれないのに。
ひょっとしたら、誰にも言えないで、ずっと嘔吐の苦しみと、その根源の闇と、たった一人で闘ってきたのかもしれない。
そんな顛末で、俺はここ数日、ずっと鬱々としていた。