第11章 ※炎炎 【煉獄杏寿郎】 1
今日ほど自分の運命を呪ったことは無い。
この日は珍しく、いつもよりも15分遅い電車に乗った。いつもと何かが違ったわけではないが、少しゆっくり支度をして、時間をかけて歩き、駅までの景色を楽しみたかった。桜はすっかり散って、青々とした葉が出てきている。
赤・黄・青・ピンクの色とりどりの花と、目に鮮やかな、緑と黄緑が通勤路のあちこちに溢れていた。
いつもの電車ではないので落ち着く定位置には行けなかったが、ドアに近い吊革を掴みながら読みかけの本を鞄から探した。
ふと目の端に何かが見えた。
自分でも何に一瞬気を取られたか分からなかったので、その方向を見た。左隣の吊革を掴んでいる女性と目が合う。
お互い、息が止まった。音が何も聞こえなくなった。目の前の信じがたい光景に何度も何度も記憶を反芻する。脳が一気に動き出し、最初の言葉は何がいいか考える。
でも結局、気の利いた言葉は見つからず、名前を呼ぶ。
「・・・あや。」
それは目が合ったまま固まっている彼女もそうだったようで、形の良い柔らかそうな唇が動いて俺の名前を呼ぶ。
「・・・杏寿郎。」
2人して止めていた息を再開させるためにゆっくりと息を吐く。次に言葉を発したのは彼女。
「会いたかった。」
俺も正直に答える。
「俺も会いたかった。」
一言一言に少し間があり、お互いの感情や今の状況を探っている。
「この世界にいると思わなかった。」
あやの優しい微笑み。大きな瞳を細め少し眩しそうにする俺の好きな顔。
「・・・俺はこの世界に君はいないと思っていた。」
俺は少し悲しい笑顔で返す。