第1章 オフレンダ
「リヴァイとは、子供の頃よくつるんで走り回っていたんだ」
クリーム色の壁にタイピングの音が跳ね返る。
その音源の向こう側から、刑事が静かに言った。
「リヴァイは覚えていないかもしれないが、私はリヴァイに脅されて、オフレンダの骸骨を盗んだことがあるんだよ。好きな女の子を皆にばらすって言われてね…」
男の指先が、机の木目にリズムを刻んだ。
「盗んでみたは良いが、あんな大きなもの、十かそこらの子供の服の下に隠れるはずないだろう?当然バレて、隣のお爺さんに叱られたよ。泣きながら帰ったら、リヴァイは素知らぬ顔して紅茶を飲んでいたんだ」
思わず、私は淡く笑ってしまった。
誰でも幼い時分には、オフレンダに飾られたキャンディーが何物にも例え難いご馳走のように見えるものだ。
こっそり近寄っては一つ、二つ、とポケットに忍ばせて逃げかえり、物影で頬張った思い出があるだろう。
「仲がよろしかったのですね」
「良くはないかな。子供の頃の厭な思い出なんて、ほとんどリヴァイ絡みだ。私はリヴァイみたいな理不尽な人を捕まえるために、刑事になったのかもしれない」
ほんの少し、緊張がとけた。
それを狙ってそんな話をして下さったのだろう。
「子供の頃から、リヴァイはとんでもない悪魔だったよ」
「……」
「三十年も経っていたなんて……昨日のことみたいで、未だに信じられない」
雨に乗って、マリーゴールドが香る。
香りに釣られ、私は窓の外に目をやった。
男が、呻くように言った。
「教えてくれ、リヴァイは何をした…?」
「……」
「『イザベラ』は……あの子は…一体…」
「……」
何故だか急に、朝の日差しの中、黒髪を梳る旦那様の優しげな指先が思い出されてならなかった。
旦那様は毎朝、お着替えの済んだイザベラ様の前に立たれると、ゆっくりと御髪に櫛をお入れになり、これ以上ないと言うほどに美しく整えられていた。
静かに、優しく、丁寧に。
心からの愛情を込めて。
毎朝毎朝、一日も欠かさずそれをなさるものだから、私はこの光景が、ずっと続くと思っていた。
「旦那様は、もう」
いや、続いて欲しかった。
「もう、お戻りにならないかもしれません」
小さな部屋にタイピングが響く。
その激しさを追いかけるように、窓ガラスを叩く雨音が大きくなり始めた。