第3章 とある竜の君の一日
「危ない危ない。あと数インチで私の鼻がすりおろし林檎になるところだった」
彼は至って平常心を保っており、冷や汗すら流していない。驚いて腰を抜かしているのは、なんの関係もない第三者だけだった。
マレウスは親同然であるリリアが変人に絡まれていると思い牽制したのだが、大した効果はなかったようだ。
彼は突拍子もない変人だが、存外友人は多い方なのだろう。
先程もハーツラビュルの同級生と昼食をとっていたし、植物園ではレオナと楽しげに話をしていた。その他同級生や上級生にも話かけられていたので、変人ながらに学園生活を満喫しているらしい。
「なんだ、ルークを見ておったのか。気になるなら話かければよかろう」
「……リリア」
気配を消してひょっこりと突然現れたが、マレウスはとくに驚いた様子は見せずに視線だけを彼に向けた。
「別に気になってる訳ではない。あいつは何かとよく目立つ」
「確かにのう。誰彼構わず話かけ、追いかけ回しておるからな。……どれ、わしも少しちょっかいかけてみるとするか」
程々にしておけ、と忠告する前にリリアは姿を消していた。
彼が人間如きに返り討ちに遭うとは考えられないが、あいつは何かと未知数だ。
とはいえ、リリアに何かするのであればマレウス直々に手を下すだけなので心配は無用なのだが。
マレウスは小さくため息をついて、寮へと続く鏡をくぐった。
インクをぶちまけたかのように空が黒く染まった頃、マレウスはオンボロ寮まで来ていた。
リリアはなんでもない様子で戻って来たが、ルークがどうなったのか気になった。
ついでにオンボロ寮と呼ばれる廃墟も見ておきたかった。
意外にも電気は通っているらしく、窓から光が漏れていた。
「竜の君!?」
ぼんやりと眺めていたら、窓を挟んで彼と目が合ってしまった。
マレウスがここに来るとは予想だにしていなかったはずだ。大層驚いたことだろう。
しかし、彼の様子を見るにリリアがルークに対して何かをした訳ではなさそうだ。