第15章 差異
呪術専門高等専門学校に併設された、教職員寮。
全く馴染みがないと言えば嘘になるが(ニ年の頃、五条に唆されて忍び込んだことがある)、それでもほとんど足を踏み入れる必要の無かったその、部屋の一室。
ドアの前に立ったなまえは、パンパンに荷物の詰まった、片手では少し手に余るほどのカバンを肩から下げ、ずり落ちそうになるそれを右手で支えていた。
緊張した面持ちで、目線だけを何度か彷徨わせる。
それから、意を決したように、右拳をドアへと軽く振り上げて。その手が触れるより先に、ガチャリと軽い音を立てて、ドアが開いた。
「いらっしゃい、なまえ」
「あ、…その、おじゃまします…!」
「緊張しすぎ。」
もっと気楽にしていいのにと、ドアから顔を出し、目の下に大きな隈をこしらえた大人になった親友は、なまえに笑いかけた。
「何飲む?日本酒あるけど」
「…にほんしゅ…?」
当然の様に告げられた言葉を、口の中で転がしながら硝子を見れば、彼女は冷蔵庫のドアを開けて、中を覗き込んでいる。
「なまえはチューハイの方がいいかな」
「…硝子さん、あの、私未成年…」
「あー、そっか。…なまえと一緒に飲むの楽しみにしてたんだけどな」
「そ、それずるい…」
どこか悲しい響きを含ませる言い方に、いつの間にそんなテクニックを身につけたんだとなまえが何とも言い難い表情すれば、硝子は冷蔵庫からビールとメロンソーダを取り出して、「冗談だよ、冗談」と、悪戯が成功した子供の様に笑った。
「まぁ、一応酎ハイ系も用意してあるから、飲みたくなったら言いなよ」
「全然冗談じゃないじゃん…」
あわよくば飲ませる気だと、なまえの口元が引き攣った。
学生の硝子も飲み仲間が欲しいのか、よくお酒を勧められたのを思い出す。20歳になったらと断っていたが、そうか、私はその約束を守れなかったのかと思えば、引き攣っていた口元も自然と元に戻る。透明なグラスに注がれる、緑色の炭酸を見ながら、大人の硝子は飲み仲間ができたのだろうかと思った。
「で、今日一晩でいいんだっけ?」
問われて、ハッと思い出した様になまえは顔を上げ、頷いた。