第4章 海のインテリと泉の先生【オクタヴィネル寮】
「ふむ、残念だが不可能だな」
「……それは何故?」
「泉は小さなものだ。飲料水ならまだしも、調理水には使えない」
「では飲料水としてのみで結構です。決して無理を言っているつもりはありませんが……」
とても小さな泉だ。
一般的に存在するプールほどの小さなものだ。
人工的に作られた泉も存在するが、私達が浄化したのは湧き水の泉。
濁っていた地脈を浄化し、聖水が濁らないように手を施したに過ぎない。
「あまり泉には近付いて欲しくないのだがね」
「そうおっしゃらずに」
「うっかり生徒を食べてしまった日には、スキャンダルになってしまう」
ピクリ、とアズールの眉が跳ねた。
彼は少々、聖水というものを甘く見過ぎである。
何故たかだか魔力で浄化された湧き水が特殊な物になっているのか。
それは湧き出る箇所が異常に少ないから、というのもあるがそれ以上に汲み取ることが危険なのだ。
「現存する聖水の泉は茨の谷に五つのみ。それら全てケルピーの住処となっている。ナイトレイブンカレッジに泉があること自体が異例だと思っていただきたいものだね」
しかも飲み水など。
海の中に住む人魚は随分と無礼なことを口にするものだ。
「聖水は我ら。我らは聖水。ソレを飲む?」
聖水にケルピーが住んでいるのではない。
ケルピーが聖水と同義なのである。
海辺に住むアハ・イシュケ達が海水なのと同じように、私達の肉体は聖水で出来ている。
聖水は常に劣化するため、私達は泉に住んで体を常に入れ替えているのだ。
「ケルピーを食すとは!大きく出たものだ!」
ケラケラと笑う私をアズールは変わらぬ表情で見つめている。
内心冷や汗をかいているのは知っていた。
聖水の真実を知らなかったのだろう。
「だがまあ、生徒が間違えてしまうことは多々ある。教師はそれを受け止め、正すために存在する。そうだろう?」
「ええ」
「さあ、アズール。もう一度言ってごらん。私と、何を、交渉したいと?」
ころころと転がる肉を突き刺し、肉汁を堪能するように口に含む。
草食動物の馬にはない鋭い牙は肉を容易く砕いた。
骨すらも食べてしまう軍馬をなめないで頂きたい。
しかし、アズールは真っ直ぐこちらを見つめた。
「聖水を、分けて頂けませんか」
「……ほう」
どうやら、意志は固いようだ。