第2章 天使とダンス
「元の世界で暮らしていた場所はとても平和で、戦争や抗争などなかったようですから。いつ自分が争いに巻き込まれてしまうかわからないこの世界が怖かったようです」
「!」
ドクターは右隣にいるアンセルとスチュワードを見つめた。
二人は知らない事実だという意味で首を横に振る。
つまりは、アドナキエルだけにしかさくらが語っていない事実があったということだ。
今は安心したように眠るさくらをよくよく見ると、その目の下に薄く隈があることに気付く。
普段は無駄な動きが多い彼女をじっくり見ることなんてなかったために、ドクターは今初めて気づいたのだ。
一瞬でも、アドナキエルに魔が差したと考えた自分を戒める。
「それで、さくらにご用でしたか?」
アドナキエルが屈託のない笑顔を見せる。
すっかり毒気を抜かれてしまった隊員たちは眉を下げて互いに笑いかけて小さく息を吐いた。
「…今なら採血できそうですね」
「起きている時にするとまた逃げられるからな…寝てる所可哀想だけど」
「ドクター。よろしいですね?」
「あぁ、頼むよ。アドナキエル、さくらを医務室に運んでくれ」
「?はい、わかりました」
アドナキエルは快く受け入れ、先頭を往くアンセルとスチュワードに続いて行った。
他の隊員もホッとしたような雰囲気で、ドクターに一礼すると蜘蛛の子を散らしていく。
ドクターは、一人廊下の壁を背に、右手でフードの唾を掴んでは細く長い息を吐いた。
「怖いものはないって言ってたあれは強がりか…まったく…異世界人はよくわからん…」
今後は目を配るべきか、と一人悶々と考えこみながら、自室へと足を向けた。
To be continued.