第12章 雨宿り
(無意識だったとはいえ、これはとんでもないことだぞ!)
何故こうなった!よもや俺は何をした!という思考がまるで大渦のように杏寿郎の頭の中になだれ込む。
自身の体にぴったりとくっついた小さな体。
雨に濡れた髪からは、常に付けている藤の花の香水の甘い香りが瑞々しく匂い立ち、手を置いた華奢な肩からは、シャツ越しに小鳥のようなぬくもりが伝わってくる。
(む……むぅ…!!!)
杏寿郎は、炎を閉じ込めたようなその赤い瞳をカッと見開いて、口をギュッと引き結んだ。
傍目からは、まるで歌舞伎役者のような顔に見えたことだろう。
端的に言うと、杏寿郎はこの上ないほどに狼狽していた。
雨の中、山小屋で二人きり。
そして、自分が強引に作り出した状況とは言え、大人しく腕の中に収まってくれている咲。
(このまま…押し倒してしまいたい)
そんな衝動が杏寿郎の胸に去来する。
杏寿郎とて男である。
そんな抗いがたい情動が沸き起こることだってある。
ごくり、と杏寿郎の喉が鳴る。
(む、むう!!落ち着け!!俺はそんな暴漢のようなマネはしないっ!!咲には然るべきタイミングで、最高の形で求婚をするのだ!!)
ぐあああ、と胸中で血を吐きながらもんどりうっている杏寿郎に、そうとは知らない咲がゆっくりと顔を上げた。
「杏寿郎さん、ありがとうございます。随分と体が温まってきました」
そう言った咲の頬は、先ほどの青白さから一転して今は血色の良い桃色に染まっていた。
(愛いっ!!)
不意打ちで見せられた可愛らしい顔に、杏寿郎はまるで大砲でも発射するかのように胸の内で叫んだ。興奮も最高潮である。
だがやはり…、そこは鬼殺隊の炎柱。
全集中の呼吸の効力を最大限に発揮し、見た目には普段と何一つ変わらない様子を装ってみせたのだった。
「うむ!そうか!それは良かった!」