第2章 人魚との遭遇
「私は元々死ぬつもりであの船に乗ったの」
彼女は懺悔でもするかのように話し出す。
「毎年海の神に捧げる供え物がなくなって、その時私が供え物のそばにいたから私のせいだってことにされて…罪滅ぼしに私が捧げられるはずだったの。でも長老がみんなを引き留めて、牛を捧げることになって…。私は村を追い出されてさまよって、行く先々で余所者だって言ってひどい目に合わされて……」
話しながら涙をぽろぽろこぼす。
「どうせ死ぬなら最期に贅沢しようと思って、あの船に全財産はたいて乗り込んで、途中で飛び降りるつもりだったのよ?まさか爆発するなんて…」
「船は…どこにあったんだ?」
「アカーツカ港の新しく出来た波止場よ」
ポセイドンは深いため息をついた。
「あそこは…海の精霊たちの、縄張りだ。恐らくあいつらの…仕業だろう、な」
「そう言えば進水式の時、大きく傾いてたわ。戻る時の反動で、どこかにぶつけたみたいだった」
「間違い、ない…」
「少し休んで?まだ辛そうよ」
「そうもいかない、さ。君をどうするか…、まだ決まってない」
「それって…?」
「今はここを、空気で包んでいるが…、本来なら海の底だ。さっき死ぬために…船に乗ったと言ったが、今でも死にたい気持ちは、変わらないか?もし嫌でなければ、俺の……」
そこまで言って顔を赤らめるポセイドン。手をモジモジと動かしている。
「俺の妃に、なって欲しい…」
ようやく紡がれた言葉。だがずっと海にいたポセイドンにとって、精一杯のプロポーズだった。出会いがないわけではない。海の精霊には女性もいる。だがポセイドンの心はあの時の人魚に傾いていた。それが人間の死体だと気づいた今は、目の前の彼女に向けられている。
「海の中で暮らすのよね?」
「ああ。妃になれば、海中でも…息が出来るように、してやる」
「もし断ったら?」
「………君の記憶を消して、地上に戻す」
その言葉はかすれていた。帰したくない、別れたくない。でも彼女の気持ちは優先してあげたい。戻りたいというならば、自分のことは忘れた方がいい。そう考えた。
彼女もまた考えた。一文無しで住む場所もないが、少なくともポセイドンは自分に好意を持ってくれているし、自分が怪我をするのも構わずにかばってくれた。周りにいるのはイルカや魚たちだ。もう1度やり直せるかも知れない。