第1章 海王ポセイドンの憂鬱
叫ぶと同時に己の欲望を吐き出す。こんなことは今までなかった。誰かを想って自慰するなど。それほどまでに欲しているのだと自覚させられる。
「はぁ…。マーメイド、君を抱き締めたい」
実際のところ、ポセイドンは船が嫌いだった。漁師の船はまだいいが、豪華客船などの大きな船が来ると乗客が海にゴミを捨てることがある。それが嫌だった。だが人魚に会えるとなると話は別だ。いつその船が来るかと胸を高鳴らせながら待ちわびた。
「行くぞ、相棒」
今日もイルカに乗り海を巡回する。ゼウスが夢で見た船を探しに。愛しい人魚に再び会うために。
と、船の影が見えた。慌てて様子をうかがうが、何事もなく通って行く。そんなことが何ヶ月も続いた。さすがに水晶球でゼウスに問いただす。
「おい、沈没する船はいつ来るんだ?!」
『はあ?知らねーよ、そんなこと。そういう夢を見たってだけなんだからさ。何ムキになってんの、ポセちゃん?』
ゼウスの言葉にハッと我に返る。
「い、いや、すまない。またゴミを海に捨てられるかと思ってな」
『ふーん。人間の女にでも惚れたかと思ったよー』
「そんな訳がないだろう」
『とにかく、いつ沈没する船が来るかは俺にもわかんないから。わかった?』
「ああ、わかった。すまなかったな、呼び出して」
『いいよいいよー。それだけ頼りにされてるってことでしょー?違うか。だははは!!あ、今度みんな集めて会議するからさ、ポセちゃんも水晶球じゃなくてこっちに来てくんないかなー?迎えは寄越すからさー』
「それはいつだ?」
『んとね、満月の日だよ』
「わかった。満月の日だな。じゃあまたな」
『はいはーい』
水晶球から離れ、相棒を呼ぶ。
「巡回じゃないんだが、乗せてくれ」
ポセイドンはまた海の中を見て回った。人魚ばかり探していたせいか、疲れてきている自分に気付く。
「キュキュキュ!キューキュー!」
「なんだって?!何処かで船が爆発した?!」
「キュー!」
「急いでくれ!!」
「キュー!」
現場に着くとその船は、この間見た沈没船よりはるかに大きく思える。それが爆発したようだがここからではよく分からない。
「相棒。巻き込まれない程度の位置で、状況が把握できるようにしてくれ」
イルカは言われるままに移動した。巨大な船は真っ二つになり沈もうとしている。