第116章 嘘と駆け引き
信長は小さく息を吐き、観念したように目を閉じた。
「……痛む」
短く、だが確かに本音だった。
「やっぱり…」
「治療は受けているから問題ない。だが…」
言いかけて、言葉を選ぶように一瞬黙る。
「貴様に隠し通せるほど、俺も器用ではなかったらしい」
自嘲気味に言うと、朱里はふふっ…と可笑しそうに笑う。
「器用過ぎても困ります」
「面倒な女だな、貴様は」
「……嫌になりました?」
信長は一瞬だけ目を細めた後、ふっと小さく笑った。
「……嫌になどなるものか」
至極当然のように、きっぱりと言い切った。
「俺の隣にいる女は面倒なぐらいが丁度いい」
そう言いながら、そっと手を伸ばして朱里の顎に触れ、軽く持ち上げる。逃げ場を塞ぐような視線に囚われて鼓動が激しく高鳴った。
ゆっくりと引き寄せられ、そのまま唇が触れそうなほど近付いた瞬間、朱里はふと眉を寄せた。
「お身体に障りませんか?」
虚を突かれたのか、信長の動きが一瞬止まる。だがすぐに、低く笑った。
「俺がここ数日、貴様に触れなかったのは、怪我を悟られぬためだ。貴様に触れれば歯止めが効かなくなるからな。もはや隠す必要がなくなったのだから、遠慮は要らぬだろう?」
「でも先程、痛む、と…」
血の滲む場所を避けるように、優しく、そっと信長の胸元に触れる。
「貴様に触れていれば、痛みなど忘れる」
胸元に触れていた手に信長の手が重ねられる。
信長の手はそのまま朱里の指をゆっくりと包み込む。ひんやりとした手の感触が指先から伝わってくる。
「貴様の手は暖かいな」
低く落ち着いた声が耳元で響く。
「信長様は…いつもよりお身体が冷えている気がいたします」
言い終わるより前に、信長の腕の中へと引き寄せられていた。
傷に触れぬように気を遣いながら、身を委ねる。衣越しだが、やはり常よりも体温が低い気がした。
「ならば、貴様が俺を温めよ」
耳元で甘く囁かれ、ぎゅっと深く抱き締められる。
「っ…傷に障りま…」
「大事ない」
反論を遮るように唇がそっと重なる。触れるだけの、けれど確かな温もりを伴った口付けだった。
痛みを忘れるほどの温もりの中で、互いを気遣い合う二人の時間は静かに甘く流れていった。