第2章 彼女は笑わない
「ねえねえ!」
十四松がおどけながら近づいた。
「なんで笑わないの?笑ったほうがかわいいと思うよ?」
だが彼女の表情は変わらなかった。
「……笑う…とは、何だ?」
「「えっ」」
「待って、笑うってことを知らないの?嘘でしょ?!」
トド松の言葉に彼女は、表情を変えずに答えた。
「嘘をついて何になる?」
「ほら、この十四松みたいにさ」
「あははー!」
「……我が見聞きしたのは、叫びと嘆きだけだ。笑う者などいない」
「はあ?そんなはずないでしょ?あんたどこから来たの?」
「地獄から来た。我は閻魔大王の娘だ」
とたんに笑い出すブラザーたち。
「だはははは!カラ松以外に痛い人、初めて会ったわ!!」
「真顔で冗談言う人、いるんだ?!」
「いや、本当かも知れないぞ」
「ちょ、カラ松兄さん!やめて!あははは!」
笑い転げるブラザーたちを一瞥して、彼女と人間の姿になっている馬人間は背を向けた。
「行くぞ。次なる場所へ向かう。こやつらに構っている暇はない」
「はっ」
「待ってくれ!」
思わず声をかけた。
「さっきは助けてくれて、ありがとう」
彼女は振り向いて俺に近づき、額に手を当てた。その手から何かが入っていくような感じがする。
「先程の件でお前は他の者より、悪霊に狙われやすくなってしまっている。我の力を少しお前に入れておいた。必ずやお前を守るが、二度とこのような場所に来ぬのが最善だ」
「…わかった。ありがとう、○○さん」
「え、カラ松だけずるい!」
「黙りおれ。お前たちがこやつを危険にさらしたのだ。先程も言ったが、こやつは死んでいたやも知れぬ。重々反省するがよい」
強い風が吹いて顔を腕で覆った瞬間、彼女と馬人間は消えていた。
「消えた…?!一体どこへ行ったんだ?!」
「え…。そんな早くいなくなるなんて、無理だよね?他に道はないし」
「……地獄からっての、案外本当かもね」
「もう帰ろう?すっかり暗くなってるし」
「そうだな、帰るか」
俺は彼女が力を入れてくれた額に触れた。どうということはない。ただあの時、少しだけ彼女の思念も入ってきたような感じがした。
『笑わないのではない。笑うという感情を知らないのだ』
その思念は俺の心に、小さなとげのように刺さった。
「カラ松!帰るぞ!」
「ああ、今行く」