第5章 liquid courage
それで、少しは元気になったかい?」
舞踏会の話が収束しワインボトルが空きそうな頃、彼は私の調子について尋ねた。
「私、そんなに元気なさそうだった?………あのね、ここしばらくはずっと何をしても何も感じなかったの。でも、今日は久しぶりに楽しいって思えた気がする。」
「それはよかったじゃないか。」
そういえば、アレクサンドリアでもそうだった。
クジャは会う度に私の身体に外傷がないか確認した。
そして、"よくもまあ飽きもせずにやってるねぇ"とか"君も物好きだねぇ"などと呆れ気味に吐き捨てるのだった。
「…ずっと、気にしててくれたの?」
「さぁ、どうだろうね。」
彼は、やけに色っぽく迫ってくることもあれば、こうして私を安心させてくれることもある。
不思議な人だった。
「クジャ、ありがと。…私、ブラネ様に依存しすぎてたのかな。」
「側から見たら奇怪な光景だったよ。毎度のごとく殴られ、食器を投げつけられ、それでも君は象女が大好きときた。そういう趣向の人間かと疑ったくらいさ。」
「…それもそうね。」
私はテーブルに置いていたグラスを手に取り、少量、喉に流し込む。
甘い葡萄の香りが口に広がった。
「でも、誰しも何かしらには依存するものだよ。」
「クジャも?」
「たぶんね。」
彼の青い瞳を見つめてみたが、感情は読み取れなかった。
「…クジャがお城に来る前のことよ。私、厨房が苦痛だったの。食器は割れるし、やかんのお湯は吹き出すし、どうしてかわからないけどオーブンを開けるとケーキ型の中に燃えかすしか入ってないの。煙のせいでボヤ騒ぎになった時はどうしようかと思ったわ。それでもなんとかはなるみたい。これも身体に刻み込まれてきたお陰ね。何が言いたいかって、DV男から離れられない女みたいな感じだったけれど、料理はできるようになったってこと。暴力的な料理教室もこれだけやったら充分。そういうことでいいんじゃないかなって。」
何か訴えたいことがあるわけではない。
思い浮かんだことがいつのまにか口に出ていた。
言っていることは、後付けの辻褄合わせに過ぎないが、それでもずっと私の胸の奥に棲み着いていた鈍く重たい何かが浄化されたように思えた。
「君の壊滅的な料理のセンスは置いておいて、よく頑張ったんじゃないかい?」
彼の言葉自体は簡素なものだったが、どこか温かみがあった。