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淡雪ふわり【風強・ユキ】

第12章 共に見る夢 ―ユキside―



古びた竹青荘の建物の中は朝から静かなものだ。
当番の風呂掃除を済ませ、洗いたての洗濯物を庭の物干し竿に並べたところでひと息つく。
今が一番いい気候だと思う。
ジメジメとした湿気はいつの間にか消え失せ、代わりに感じられるようになった涼風は爽やか。
しかも今日は目にも鮮やかな快晴。

予選会まであと二週間。
ハイジに内緒で時々日雇いのバイトを入れていたが、流石にこの時期にそれを捻じ込むのは止めた。
みんなは朝から大学だったりセミナーだったりで留守だ。
暇を持て余し、今日の予定を一人考える。

「…勉強でもするか」

司法試験に合格したはいいが、それだけで弁護士にはなれない。
春からは司法修習が始まる。知識の定着は必要不可欠。
試験に通ったからといって何もしなくていいわけではないのだ。
部屋に篭り、タブレットと六法全書、判例の事案、使い込んだ参考書などを机に広げて勉強を始める。

開け放した窓から清涼な風が舞い込んでくるのを肌に感じながら思考をあちらこちらに巡らせ、二時間ほどが経った頃。
玄関のチャイムが鳴った。

「…誰だ?」

このオンボロアパートに訪ねてくる人間なんてそうそういない。
腰を上げ、自室を出る。

「ちわーっす!宅配です!」

引き戸を開けてみると、爽やかな笑顔をした若い兄ちゃんが立っていた。
段ボールに梱包された缶ビールを手にしている。

「どうも。いくらっすか?」

"甘利酒店"。
傍らに停車したワゴン車に印字されているのは商店街にある酒屋の名前だ。
ハイジが頼んだものだと理解し、財布を取りに戻ろうと体を傾けた。

「お代は頂いてますから大丈夫ですよ。重いんで、良ければそこ置きましょうか?」

「ああ、はい。お願いします」

人当たりの良さそうな笑みに、ガッチリとした体育会系の体つき。
バイトだろうか?
酒が欲しければ駅からの帰りにコンビニに寄ることがほとんど。
酒屋を利用する機会は滅多にないから、この兄ちゃんにピンと来なくても無理はない。

「舞、伝票頼むよ」

ボーッと爽やか兄ちゃんの背中を見ていると、そこから聞き慣れた名前が発せられた。


ん?……舞?


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