第8章 Cold Rain
沙羅の右手は力を失ったようにぶらんと垂れ下がった。瞼を閉じていたウルキオラはその気配に目を開く。
瞳に映った沙羅の頬をまた新しい涙が濡らしていた。
「ずるいよ……」
ウルキオラが訝しげに目を細めると、沙羅はますます哀しそうに顔を歪めて
「自分は私のことを殺せないって言ったくせに、私には殺せだなんて……」
ぎゅっと唇を噛みしめて、吐きだした。
「ウルキオラは……ずるい」
沙羅のその言葉にウルキオラは苦しそうに視線を落とした。それは彼女に手ひどくなじられ、憎まれるよりも辛い言葉だったのかもしれない。
「すまない……」
二度目となる謝罪の言葉は雨音にかき消されそうなほどに脆く、弱々しく紡がれた。
ゆっくりと離れ、背を向ける。
「ウルキオラ……?」
怯えるように自分を呼ぶ彼女に背中越しに放った。
「おまえが俺を殺さないのなら……次に会ったときは俺たちは敵同士だ」
「……っ、ウルキオラ!」
あとを追おうとした沙羅の動きは無言の威圧で制された。向けられた背中が「寄るな」と告げていた。
「二度とここへは来るな……」
そう、せめて
これ以上おまえの哀しむ顔を見ることのないように
これ以上おまえを傷つけずに済むように
「……お別れだ、沙羅」
決別を告げる声が静かに響き、沙羅は息を呑んだ。
「待って……」
虚圏へと繋がる黒腔がウルキオラの前に現れ、口を開く。
白い影が闇の中に消えていく。
「ウルキオラ!」
声の限り叫んでも彼が振り返ることはなかった。
「ウルキオラ――――っ!!」
未だ冷たい雨の降り止まない公園に、沙羅の悲痛な叫びだけが遠く木霊していた。
***
《Cold Rain…冷たい雨》
それは身を切り刻むような、冷たく哀しい雨。