第5章 Calling You
「……おまえはいつもそうやって虚にまで情けをかけているのか?」
「情けってわけじゃないけど……どっちが正しくてどっちが間違っているかなんて、誰にもわからないじゃない」
無論沙羅とて死神としての己の生き様には信念を抱いている。かと言ってそれ以外の道が誤っているのかと問われれば決してそうではなく。
だから、例え目の前にいるのが敵であったとしても――
「敵だから悪だなんて決めつけたくないだけ」
そう言って沙羅は鮮やかに笑った。迷いのない、まっすぐな瞳で。
ああ……そういうことか。
唐突にウルキオラは理解した。
いつだったか勝負を持ちかけた自分に対し、「闘う理由はない」と答えた彼女。あれは敗北を恐れて闘いを避けたわけではなかったのだ。
「敵だから倒す」という公式は彼女の中には存在せず
ただ彼を――『ウルキオラ』という存在を、懸命に理解しようとしていたのだと。
「不思議な奴だ……」
微笑を浮かべたウルキオラに、沙羅もほっとしたように表情を和らげた。
「お互い様でしょ」
こんな小さな憎まれ口にも、顔が綻ぶ。
それがなぜなのかはわからない。
ただ、彼女の隣にいるとそれだけで心が安らぐ。そんな気がした。
ばかげてる。
心なんて――とうの昔に失ったはずなのに。
「じゃあ私、そろそろ行くね。副隊長になったら急に仕事が増えちゃって」
すとんと枝から飛び降りて下から見上げてくる沙羅に、いつか見た光景が重なる。
……いつか?
一体いつの記憶だというのか。
彼女とはまだ会って一月も経っていないというのに。
「またね、ウルキオラ」
「ああ……」
反射的に引きとめたくなる衝動を抑えて、身を翻して穿界門をくぐっていく後ろ姿を見送った。
ひとり残された桜の大木の頂上を、彼を慰めるかのようにあたたかい風が吹き抜ける。
その風に身を委ねながらウルキオラはふとその名を呟いてみた。
彼の心を揺さぶってやまない、その人の名を。
「沙羅――……」
その瞬間、頭の中でなにかが弾けた。
***
《Calling You…君を呼んでいる》
距離が近づくほどに、なにかが動き始めている。