第1章 Prologue
「待て」
船に乗り込もうとするベリルに後ろから聞き覚えのある声が掛かる。
「インベル…」
無表情でただ一心に青い瞳はベリルを見つめていた。
「戻るぞ…」
「いいえ、戻らないわ」
ベリルのハッキリとした拒絶に驚き、インベルは思わずベリルの腕を掴む。それをベリルはやんわりと退け、ニコッと微笑んだ。
「聞きたいことがあったの」
優しい口調で喋るベリルとは反対にインベルの背には冷たい何かが走った。
「私はあなたに会えてこの数年間、楽しかった。あなたが私をどう思ってたとしてもその記憶は本物だった。好きだった」
「……」
屈託のない笑顔で此方を見る彼女に幼さやあどけなさは消えていた。
「インベルはどうだった?」
「…俺、は」
インベルは慌てて手を伸ばす。きっと自分が彼女はどう応えたとしても戻る気はないだろう。これまでの時間はかけがえのないものであったのだと伝えたとしても。彼女には伝わらないのだろう。そんなことは彼女を犯した時から、彼女から目を背けた時から分かっていたはずなのに。
インベルが口を開く。その瞬間をベリルは見届けた後、初めて自らの意思で魔法を放つ。
「…さよなら」
インベルの瞼が落ちる直前、最後に見えたのは夕日の様なオレンジの瞳をしたベリルだった。